The Usual Disclaimers Apply

CGEモデル分析、ときどきDIY&フライトログ(しばしば比率逆転)

論文査読

冒頭注釈)

もしググってここに迷い込んで来た人がいたら、まずは、日本経済学会若手・女性研究者支援ワーキング・グループ」の会合に出ることが第一だと思います。

参考: 古沢泰治(2015)「Referee reportの役割、書き方、読み方」, 10月13日.




ワイリー・サイエンスカフェから。つい身につまされて読んでしまう記事。(経済ではなく)理工系が対象のようですが、まあ、大体同じかなと。



その上で、よそ様にアドバイスできるほどの研究者でない(質的にも量的にも、また、範囲についても)ことは、ここをご覧いただければおわかりかと思うので、以下は、単なる「個人の感想です」ということでご理解ください。




論文の採否は、査読者による多数決では決まらない? ジャーナルのエディターは査読者の判定をこう見ている」.




「エディタは、査読者の意見を参考にするだけで多数決でも全会一致でもない」ということで、まあ、そうでしょうね。ただ、私の(少なく、質的にも貧弱な)投稿者&査読者としての経験では、




  1. 即刻ないしR&R後にリジェクト、以外には、

  2. 全会一致(でアクセプト---不承不承を含む(?))

  3. R&R後にレフェリーのリクエストにすべて応えた上でエディタによるリジェクト(アレ、マア...)




というパタンだけでした。「レフェリーの1人がNGであってもアクセプト」とかいうのはなかったです。(「もうこの無茶なレフェリー1人以外はOK出しているんだから、それでいいことにしてくれよ」と、もうすこしでエディタに言お

うかと考えた案件はありましたが。)



特殊事例としては、




  • 英文ジャーナルに出したはずなのに「仮定している弾力性が信用ならんので不可」という(趣旨の)1文のみ、日本語で査読報告書が返ってきた(当然、リジェクト)、

  • 1文中に4点ぐらいさらっと改善点を示唆するエディタからの返事が来て、査読報告書の原本なし




とかいったことはありました。



# なんて愚痴を書いてたら、Editorから、「exposition最悪、直しなさい。」とな。頑張ります。




<記事紹介> 査読コメントに対応するとき、論文著者が心がけるべきポイントは?




これは肝に銘じます、ただそれだけです。




<記事紹介> 論文査読者の推薦・除外希望は慎重に / 著者から送られるリストをエディターはこう見ている




 推薦・除外希望リストは理工系の文化でしょうか。経済系では見ませんが、energy系ではありました。Economic Modellingはどうだったでしょうか(忘れてしまいました)。こういう事案、



Retraction Watch "Tracking retractions as a window into the scientific process: Elsevier retracting 16 papers for faked peer review."



がある(顔まで曝されてるし)ということは、Economic Modellingではそういうシステムがあったんでしょう。新年早々、



産経(2016)「韓国・台湾で論文大量撤回 査読システムを乗っ取り 著者自身が審査する新たな手口」, 1月3日.



というものありましたから、かなりあるんでしょう。



こういうことをする専門の業者さんがいるのかもしれません。




  • 適当なキーワードをつけて論文、CVをWebに載せてその道の専門家みたいにする(今時たくさん作るのは簡単)

  • Editorから査読依頼が来たら、査読対象の論文の著者を探す(Googleのおかげで簡単)

  • 探し出した著者宛に、「a)甘口査読結果 XXXドル,b)中辛YYYドル,c)辛口ZZZドル」という見積もりを送る(誘惑に勝てるか?)




といった感じ。




本題に戻って、以前、JEAでJER, JJIE, JWE, IJET4誌のエディタが集まってパネル・ディスカッションしたときも、査読者を探すのが大変、と言っていたので、情報があればありがたいでしょうし、それを使うかどうかはエディタ次第と。一方、敵が多い人(だれ?)には除外リストがないとやっていけないのかも知れません。




研究者はどのような理由で論文査読を引き受けているか / 逆に査読の意欲をなくす論文とは?





私の場合も、まあ、そんなところでしょうね、引き受ける理由は。世のため人のため。良いCGE分析が出て欲しいので頑張りますが、ついつい査読報告書が長くなります。先日、実際のページ数を言ったら知り合いに驚かれましたので、なるべく短くするように心がけていますが、CGEで長い報告書が来たら私かも知れません...。一方、私はenergy系で何本かあるので、石油価格のVARとかの査読依頼が来るのですが、ぜんぶ"It's not mine, sorry."です(から今後もご理解ください)。



意欲がなくなるのは、不完全な翻訳(しかも母語で付箋・編集履歴付き!)とか、判で押したような貿易自由化分析(ソレハ、オマエノヤッテイルコトジャナイカ!)に、本文中でまったく標準的なCGEモデルの詳細な説明があった場合ですね。



以前、イントロを(表紙・サマリ含んで)7頁書いたら査読者に怒られたとことがあります。こういうのもダメでしょうね。



ちなみに、他の査読報告書をシェアしてくれるのはありがたいです。勉強になります。こういう先生もいらっしゃいます。







分野が違ったので良かったと胸をなで下ろす一方で、これは確かに、目指すところではあります。