The Usual Disclaimers Apply

CGEモデル分析、ときどきDIY&フライトログ(しばしば比率逆転)

最低賃金率と失業率の関係



 TLに流れてきたので見てみた。媒体からして「そうねぇ、まあねぇ。」という感じで、


  • 歴史の人「まあ、10州も調べれば十分だろう。それにしても独立直後の失業率と最低賃金のデータとは、いい史料持っているじゃないかぁ...、ん?200年前の話じゃないのか?」

  • 労働の人「どういうメカニズムで両者が関連しているのか、2次元のデータだけでわかるのか?」

  • 統計の人「標本数10で何を語るのかね。そもそも50州のうちこの10州を選んだ根拠は何だ。」

  • 計量経済の人「せめて50州のデータで重回帰ぐらいしてくれ。それでもどうにも筋が悪いけど。」

  • 地域科学の人「仕事を求めて労働移動するとか考えないのか?」

  • みなさまのNHK俺のサンプル数より10%以上大きい。やるな『赤旗』。」




#フィクションです。



と、各方面から意見が出てきそうですが、現実逃避がてら調べてみた。

元記事(?)


あらかじめ、『赤旗』記事(2016年1月18日付)の最後のところで言及されているHuffington Postの記事を見ておく。「なぜこの10州」という疑問に対しては明白な答えがここにある。要は、以下に引用するように、そこから持ってきたというだけ(太字は私が施した)。したがって、『赤旗』自身が恣意的な標本選択をしたのではないかという批判は回避できるかもしれないが、オリジナリティーも出典の明記もない「ただのコピペ」であるという批判は免れまい。


Specifically, Arizona, Colorado, Florida, Missouri, Montana, Ohio, Oregon, Rhode Island, Vermont and Washington all voted to raise their state minimum wages in November 2012. And every single one had a lower unemployment rate in November 2015 than in November 2012.

...

Overall, the net change in unemployment in these 10 states roughly matched the overall national decline in unemployment. Half of these states -- Florida, Ohio, Oregon(,) Colorado, and Rhode Island -- actually saw their net changes in unemployment rates from November 2012 to November 2015 drop more than the national net change of 2.7 per cent.


(ところで、後者の元になった『ハフ』記事を引用した部分については、『赤旗』記事内で「インターネット紙ハフィントン・ポスト14日付は」としているけれども、ほかの点でもかなりハフポストの元記事に依存しているので、最後に触れるだけではまずいんじゃない?具体的にどの記事に依拠しているかもわからないし。)



データ



労働が専門でもないし、アメリカの州別データもよく知らないのであまり確信がないけれど、このあたりがデータソースなのでしょう。失業率は州全域、月次。季調の有無で2種類あるけれども、どちらをとっても、『赤旗』の数字とは微妙にずれる(なぜ?)ので、まあ、近そうな「季調あり」の方を、ここでは使うことにする。



 最低賃金率は年次(月次もある?まあ、年1回更新というあたりが普通でしょう。)注釈がいろいろついていて、また、職種や所得額に依存して複数の最低賃金率が設定されていたりするので面倒。また、「...」(not applicable)という州もあって、これは、たぶん全米で設定されている最低賃金率が適用されるのだろうということにして、それを使うことにする。最低賃金率には幅(ないし複数の値)がある場合があり、『赤旗』データでは上限値を使っているよう。



 以上を入れて、Excel紙工作をしてみたらどうなるか。2012年11月と2015年同月との間以外でも比較できるように、また、最低賃金率に幅があった場合にその上限と下限のどちらでも選べるようにしておく。元のワークシートが必要な人はダウンロードして遊んでください。季調なしのデータも入れてあり、どちらも気に入らなければ、ワークシート"unemp't, state, seasonal adj."のデータを、同じフォーマットで差し替えればそのまま動くはず。(B列に州の名前が入っているのは、わかりやすくするために挿入しただけ。)



 失業率の表と最低賃金率の表の並びの中で、DCの入りどころが違うのがトラップ。それはちゃんと処理できているはず。


結果


で、グラフ化するとこんな感じ。横軸は最低賃金率(時給)の変化幅(ではない)。縦軸は、失業率の変化幅(%ポイント)。『赤旗』サンプルは赤色にしてある。一枚目のグラフからは、


  • 最低賃金率を引き上げた件の10州で失業率が低下している」ことは確か。

  • しかし、ほかの州でも大差ない


ことが一目でわかる。DCはさすがに狭い範囲なので同列に扱うのは難しく、ミネソタは何か特別の理由があるのか。これらを外れ値として除外しようがしまいが、失業率の変化幅は、最低賃金率の上昇幅に関わらず、ほとんど一様に分布している。つまり、最低賃金率を引き上げと失業率の間には、単純な関係はないことが言えるだけのこと。



 『赤旗』記事の末尾にあるような、


最低賃金の引き上げは、労働者の購買力を高めて経済の活性化につながり、離職率の低下とそれに伴う労働者の...(云々)

といった理屈を支持できるエビデンスでもない。






Nov. 2012-Nov. 2015の変化(最低賃金率は上限値)




Nov. 2012-Nov. 2015の変化(最低賃金率は下限値)

ちなみに、最低賃金率の下限値を使うと次のようなグラフが描けて、この場合にはOhioが第3象限に落ちる。最低賃金率を引き下げたとしても失業率は全米平均と同じくらいだと言えることになるが、彼らは、このデータにどういうストーリーをつけるのだろうか。









 変化を見るウィンドウを2012年11月から2015年11月ではなく、2013年11月から見たとしても傾向は変わらない。 (他の年・月を試したければExcelワークシートオレンジのセルをいじる。)






Nov. 2013- Nov. 2015の変化(最低賃金率は上限値)




Nov. 2013-Nov. 2015の変化(最低賃金率は下限値)










そもそも、失業率の変化と最低賃金率の変化を見る際に、同じ年のデータ同士で比較すればいいかどうかも自明ではない気がする(専門外)。片方は月次なのだから、さらに複雑。ラグ、リードを考えなくていいのか?



 最後に、元の『ハフ』記事で「10州のうち5州で全米平均よりパフォーマンスが良い」と言っているが、これはただの言葉遊び。標本の半分が平均より上(または下)というのは、(典型的には、左右対称な分布を前提にすれば)当たり前。せいぜい、選んだ10標本に(平均値で見て)歪み、あるいは、恣意性がなかったというだけのこと。






学んだこと


blogって、エクセルファイルをアップロードできないのね..。