The Usual Disclaimers Apply

CGEモデル分析、ときどきDIY&フライトログ(しばしば比率逆転)

「ミクロ経済学の法則」は成り立っているか?

TWに流れてきたのでふと考えてみる。

---


---


設定


需要曲線をD0またはD1、供給曲線をS0またはS1とする。需要曲線は見慣れた右下がりだが、供給曲線は右上がりではあるが階段状になっている。(これは話をしやすくするためのものなので、べつに、なだらかな曲線でも同じこと。)階段の1つ1つは、各売り手の供給量と限界費用(=その人がその値段で売っても損をしない価格)を示している。たとえば、マスクを10箱在庫していて、その仕入単価が100円だったとすると、線分の横の長さは10(箱)、横軸からの高さは100(円)になる。



その限界費用以上の価格で売ってもいいのだが、話を簡単にするために、この限界費用で売っているとしよう。(*1)










ドラッグストアと転売屋




なお、ほかの売り手についても、線分の長さと横軸からの高さがそれぞれ在庫と仕入れ単価を示している。この図は、仕入れ単価の低い順に左から並べている。だから、この供給曲線は、階段状でぎざぎざしているけれども、ともかく右上がりになっている。DS0が100円で売っていて、DS1が105円で売っているというように。



世の中にはいろんな人がいて、転売屋もいるかも知れない。転売屋0は、*ルカリで10箱を1万円で売る用意があり、転売屋1はついに最後の(そしてもっとも強欲な)転売屋なので、1箱だけ5万円(以上いくらでも高く)で売る用意がある。この最後の1箱は、売る量がとても少ない、すなわち「階段の幅」はとても狭く、実質的に、この部分は垂直になっている。




通常の市場


さて、需要がD0、供給曲線がS0だったとしよう。そのように需要が少ない場合には、転売屋の出番はない。たとえば、市場全体の需要が、90箱しかないときに、最安値のDS0が100箱売る用意があるのだから、だれも*ルカリでマスクを買わない。また、需要のうちの最後の1箱を購入したときの価格(これを「市場価格」と呼ぶ)はDS0のオファー価格であるp0(100円)である。



ただし、もし何らかの発注見込みを間違って、前の週に在庫を全部売ってしまって入荷がなく、DS0の在庫がゼロになってしまったとしたらどうなるだろう。このような状況は、供給曲線のうちの赤色のDS0に対応する線分が欠落したことで表せる(=市場から供給者としては退場する)。このとき、供給曲線はS0ではなく、S1になる。これは、ミクロ経済学の授業でよくやる、供給曲線の右シフトに他ならない。このとき、TWで期待しているように、市場価格はたしかにp1へと上昇する




コロナ・ウィルス禍を経験した市場


さて、何らかの原因で(コロナ・ウィルス)需要がD1へと急増したとしよう。問題となっているのは、このときの「価格」はどの価格なのかということである。



具体的に考えよう。ちゃんとDS0に在庫があれば、供給曲線はS0である。このときの「市場価格」はどれであろうか。われわれが売り場で目にする価格は、p0であることは間違いない。しかし、これは「市場価格」であろうか? このときの市場価格は、実際にマスクを売ったうちで最も高い付け値をした転売屋0の価格p0*が市場価格である。



ミクロ経済学が教えるように、この価格であれば、供給者(転売屋0と、それより低い限界費用の供給者全員)は合意できる。また、需要者の支払い意思額は需要曲線の高さで示されている。すなわち、p0*価格以上の支払いはやむを得ないと思っているのだから、需要者もまた合意できる(足元を見やがって!と内心は業腹ではあるかもしれないが、本当に腹を立てて買わないことを心に決めている人は、需要曲線のもっと右側のところにいることに注意)。



ここまで書けばもう自明であろう。S0がS1にシフトしたとき(=近所のDS0の棚が空っぽ)、市場価格は確かにp1*へと上昇する。肝心なことは、市場価格を知りたいときに目の前のからになった棚の値札を見ても意味が無い、ということである。旧ソ連の、格安だが何もない食料品店と同じである(若い人にはわからないか?)。市場(価格)を知りたければ、*ルカリを見る必要があるのである。


まとめ


以上のように、一通りのことは、ふつうのミクロ経済学の考え方をあてはめれば十分に理解できる。すなわち、供給曲線がどのようなものから構成されているのか、そのミクロ的基礎付けを理解すること。「価格」と言ったときに、何の(あるいは誰の)価格のことなのかを混乱無く理解することが肝要であろう。





もちろん、(*1)のところで、限界価格で売ると仮定した。一般化すれば、たしかに、売り切れになる直前に価格を引き上げるということも考えられる。*パホテルが実際そのような戦略的価格付け(ダイナミック・プライシング, DP)をしていて、需給逼迫時には1泊2万円ということも出てくる。ここではそのような複雑なことは考えていない。TW上では、ひょっとしたらそういう価格付けを念頭に置いて議論したのかも知れない。しかしながら、DPをするにはさまざまな費用がかかるし(メニュー・コスト)、また、このご時世では経営上の不名誉を避けること、企業の社会的責任といったこともまた、考慮しなければならないだろうから。



なお、上の図は、以下の論文中の図を改変したものである。